九寨溝行きを明日に控えたこの日、私は杜甫草堂へ赴いた。中国詩文学史上の双璧、杜甫が戦乱と漂浪の人生の中でたった4年、安息を得たその住居と庭園が今尚残っているのだった。かつて中国文学を志したものであれば誰であれテンションが上がるというものであった。
まずは途中にある骨董通りを見て廻ろう。バスに乗って成都中心部へ向かい、青羊宮を通り過ぎたあたりのバス停で降りる。Sim`s特製マップはいろんな隠れスポットが紹介されていて(お茶市場や骨董通りの情報源はこれである)、便利なところもあるのだが、なにぶん外国人向けのため、アルファベットが目にちかちかして見にくい。やっぱり私には漢字のほうが落ちつく。すでに現地人向け簡体字オンリーのめちゃくちゃ細かい地図を調達していたので、特製マップをカバンに納め、買った地図を見ながら歩くことにした。

   

骨董のお店が犇いている。古本、コイン、雑貨、水晶・奇石、掛け軸、絵画などを私は時間をかけて眺めた。
武器刀剣の類は見ていて楽しい。ロールプレイングゲームの魔王がつけてるような鋼鉄製の手甲があり、指まで覆っていて指先がつんつんにとんがっていた。映画「ロード・オブ・ザ・リング」に出てくるナズグルの首領・アングマールの魔王がつけていたのを思い出した。手にとって見ると、
「そりゃコスプレ用だぜ」
と店の人が言った。骨董品ではないらしい。コスチュームプレイではなくコスプレと言っていたところに日本の影響力を見た。おぞましき負の影響力であった。
別の店で見つけた文字盤に漢字が使われている懐中時計を手にとって、なんとなく値段を聞いた。
「これいくら?」
「さーばくぎぇんだにゃー」(3,600円)
注。本当に「だにゃー」なんて言ったわけではない。とにかくものすごい曲線を描く訛りっぷりだったのだ。何言ってんのかさっぱり分からない。
「こっちは?」
「りょーばくぎぇんだにゃー」(7,800円)
あまりに訛りむきだしで、なおかつぼってくるのですごいびっくりした。もちろん買うことはなかった。それヴィレッジヴァンガードで1,500円だったぞ。観光客舐めんな。

杜甫草堂は中国にしては庭園も建物もほどよく手入れが行き届き、きれいで、雰囲気がよかった。武侯祠の庭園とくらべてもはるかにレベルが高く、よく管理されているように思えた。街中にあるがとても静かで、鬱蒼とした緑があるために街の粉塵も届かず、空気がきれいだ。
杜甫の作品の模写やら刻石やらが展示されていた。彼の肖像や石像もいたるところにあった。地元補正でかなりいい男に作られている。
私はここで蘭亭序の拓本を買った。本当は杜甫の『国破れて山河在り』が欲しかったのだが高かった。しかもタタミ1畳くらいの大きさがあったな。蘭亭序は蘭亭序でいい作品である。はじめ80元だったものを50元で買った。頑張って値切ったが、店番のおばちゃんは何気に強敵だった。祖母にプレゼントするつもりだ。書をやっているので喜ぶだろうと思われる。しかし、1週間位したらあげたことすら忘れ去るだろう。最近、いよいよもってボケがひどい。
しかしやっぱり入場料がちょっと高いのだった。70元。

  
  

ホステルに帰って洗濯物を取り込む。
洗濯機は共同のものを有料で使用する。コイン式。物干し台も共同だ。派手目な女性下着の横に自分のパンツを干すわけだ。
朝、洗濯をして干してから出ていたのだが、まったく乾いてなかった。天気が悪かったし、物干し場は日陰になっていた。しかたないので追加料金を払って乾燥機を使わせてもらった。それでもあんまり乾かなかったが、もうどうしようもないので生乾きの服をたたんで、それを圧縮袋に押し込み、空気を抜いてぺちゃんこにした後、スーツケースに詰め込んだ。

夕食はホステルの中にあるレストランでとった。西洋人向けの西洋料理各種が食べられる。私はトマトエッグチャーハンとケーキ、コーヒーを注文した。まあまあの値段で、まあまあの味であった。ただカウンターの男性がめちゃくちゃ愛想悪かったのが気になった。でも別の西洋人には笑顔で応対していたので、国籍によって対応を分けているのかもしれなかった。中国語をしゃべろうとジャップはジャップであろうと思われた。