昨日のアレを見て、「うわ、どうしようもないな、コイツ」と思った人もいるだろう。ところがふふふん、私は朝までずっとこれらのトラブルに対応するための方策を練っていたのである。そして、朝起きた時点ですでに、状況を打破するための対案を3つも考え出していたのだ!
それでは服を着替え、レセプションに向かうとしよう。

ホステルでは宿泊業務のほかにも、各地の現地ツアーの申し込みや、飛行機や電車のチケットの手配など、あらゆる相談に応じてくれる。日本人スタッフがいるので日本語OKだ。その人は先に登場したあの男性で、U氏という。
ハーフかと思うほど凹凸がはっきりとした西洋人チックな顔立ちをしているU氏である。年齢は私より少し若いくらいと思う。笑顔は少ないが、どんな注文にも淡々と対応してくれるその姿は逆に好印象である。となりにはSayaさんという中国人の女の子がいて、この人も日本語がちょっと喋れる。
「ケータイがぶっ壊れたのでちょっと助けて欲しいのですが」
「それは困りましたね」
U氏は両手を組んでカウンターの上に置くおなじみのポーズをとり、深みのあるテノールで言った。

対策とは以下の3つである。
1. 充電中に壊れたことから、故障の原因は日中両国の電圧差にあると思われる。変圧器を用いて日本の電圧で再度充電しなおせば直るかもしれない。
2. それでも駄目なら、携帯キャリアあるいは海外旅行保険で何らかのサポートが受けられるかもしれないので頼ってみる。
3. それでも駄目ならこちらで国際電話の可能な携帯電話を買う。

変圧器なら家電量販店または日系デパートであろうとの助言を受け、私は成都の繁華街に赴いた。バスに揺られて一時間・・・この数字は別に大げさなものではない。成都はムダに広い上にインフラを整備している最中なので、バスに乗っても渋滞と道路工事の所為でまったく前へ進まないのであった。3m進んでは止まり、3m進んで止まり。そうして着いた総府路の繁華街はパトカーや警官が多く配備され、ものものしく警戒に当たっていた。件のジャスミン革命とかの影響で人が集まりそうな場所は徹底的にマークされているのだった。広場の中心に孫文の銅像がうやうやしく安置せしめられていたが、そこにも警官が立っていた。
伊勢丹およびイトーヨーカドーがある。平日というのに人は多い。中国ではシフト制で仕事をする場合が多いから平日でも人が多いのだとガイドブックは説明している。
変圧器は見つからなかった。
ついでに中国銀行で両替を行った。中国で銀行員といえば、勤業精神に欠け、客にも無愛想でぞんざいなイメージだが、その銀行のお姉さんはわりと親切だった。私の4万円は見事、3999元9角に化けた。予想以上のレートのよさだった。円高バンザイ。

  

ホステルに戻ろうとしたがちょうどいいバスが見つからず、適当なバスに乗ったらこれが大ハズレ、中心部から大きく離れた挙句、どこだか分からない場所に運ばれた。目に入るのはただひたすら大きな道路とだだっ広い更地。粉塵舞い散って、大気が白い。
私は袖口で口を覆って息をした。それでも口の中がじゃりじゃりする。横断歩道も何もない四車線道路を、タイミングを見計らって横切り、反対側のバス停から別の便のバスに乗った。今度はちょうど良くホステルの前に停まるバスに乗ることができた。

ホステルのパソコンを使って自分が加入している携帯キャリアのホームページを調べつつ、U氏と相談する。ホステルのパソコンコーナーではデスクトップが8台くらい並んでいてさながらネットカフェのごとくなっている。1元硬貨を入れたら10分かそこら利用できる。
私「1回5,000円で故障したのと同じ携帯をその日のうちに届けてくれるサービスがあるみたいだけど」
U氏「へえ。それは海外でも使えるものですか?」
「たぶん無理なんじゃないかと」
「5,000円ならこちらで買ったほうが安いですよ」
「デスヨネ」
というわけで、とるべきは対策3「安い中国の携帯電話を買う」に絞られた。

Sayaさんに教えてもらった中古のケータイ屋。下町のたばこ屋がタバコの代わりにケータイを並べているようなお店で、日本のアンテナショップみたいなのを想像されるとしたら、それはちょっと違う。
「私は日本人です。旅行に来ているのですが、昨日いきなりケータイがぶっ壊れました。国際電話のできるケータイが欲しいのです。可能な限り安く」
私は一息にそう言った。店番をしているのは若い女性で、「ちょっと待っていて」と言って、私をソファに座らせ、どこかへ電話をかけていた。しばらくすると店長と思しき中年のおっちゃんが原付に乗ってやってきた。
私はもう一度同じ説明をした。おっちゃんはショーウィンドウの中からかなり草臥れた、壊れたおもちゃみたいな携帯電話を取り出し、ついで番号が記されたカードからSIMカードを折りとってケータイに装着。そのほか色色とややこしいやり取りがあったあと、おっちゃんはぴっぱっぽっと設定を施していった。
「できたぜ」
そこで財布を開けるほど私もぼけてはいない。
「ちゃんと通じるか試してもらえます?」
国際電話をかけるのは結構面倒くさい。固定電話と携帯電話では番号が違ったりもする。おっちゃんはかなり長いこと格闘した末、調べ上げた規定の番号を打ち込んで電話をよこした。私は最初の0を除いた母のケータイ番号を入力して反応を待った。
すると見事、おなじみの発信音が聞こえ、
「はい、もしもし」
おお、母が出たではないか。
携帯が故障した旨、今後はこの携帯から電話する旨を伝え、私は通話を修了した。
「イエー」
三人でハイタッチ。

ホステルに戻ると待ちかねたようにU氏が声を掛けた。
「どうでした」
「買えましたよ。通話もできるし」
「いくらでしたか」
「300元でした」
U氏とSayaさんはちょーっと微妙な顔をしたあと、
「ま、そんなもんでしょう」
と言った。実のところ、値切るのを忘れて言い値を払ってしまった私である。あとあとやっぱり高かったなぁと思ったりもした。でも危急の要を救ってもらって、金をしぶるのも男らしくない気がするし、仕方ない。お店の二人に晩酌の話の種を供したと思うことにした。

夕食を食べに行った。携帯を買いに行く際に、近所に雰囲気のよい食堂街を見つけておいた。やたら元気のいいおばちゃんが客引きをしている、景気のよさそうな中華的下町風のお店だ。
おばちゃんが言う。
「何食べる? チャーハン?」
私「排骨麺(パイクーメン)っていうのある? あれが食べてみたいんだけど」
「あるよ」
言いながらメニュー看板に目を走らせるが、見当たらない。
私「あるかね?」
おばちゃんもメニュー看板にある料理名を指で辿っていった。私ももう一度はじめから目を走らせていくが、この看板には書いてない。隣の食堂にはあるんだけど。
「ないよね」
と、私。
「ないね」
と、おばちゃん。
「・・・」
「・・・。」
「いや、ある! あるアルヨ!」
あるのかないのか、よく分からないがおばちゃんはそう叫んで、強引に私を席に座らせた。
あとビールをひとつ注文した。おばちゃんは「あいよ!」と、威勢良く応じた。
先に出されたビールを飲みながら待っていると、注文した料理が届けられた。スペアリブの醤油煮込みに麺をぶちこんだような料理だった。これをご飯にぶっ掛ければ排骨飯(パイクーハン)になるんだろう。
メニューにない料理を用意するあたりさすが下町の食堂だった。自分の店にない料理でも近くの別の店に行って注文し、わざわざもって来てくれたりするらしい。下町の人情というか、商魂というのが中国にもあるようだった。

夜。
頭が痛い。たぶんビールのせいだ。中国のビールは銘柄にもよっては頭が痛くなる。雪花ビールを飲んだときはほぼ必ずだ。おのれ。
こんなはずじゃなかった成都二日目、携帯電話を買っただけで終了。