数日前からどうにものどが痛い。昨日は二日酔いで一日中寝ていたのだけど、昨日一日でだいぶん酷くなった気がする。空咳をするたび、または何かを嚥下するたび、のどに刺激が走る。

昨日はまるまる寝ていたからさすがに今日は出かけなくてはならないと思う。明後日には上海に行くので、そろそろ行き残した観光地に行き、買いたいお土産を買っておかなくてはならないころだ。

出かける前に、受付に行って宿泊の延長をする。今の部屋より少し小さい四人部屋に移ることになったが、無事延長することが出来た。受付嬢曰く、今日は団体客が来るんだそうな。

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まず蘇州刺繍研究所。

刺繍というのは、例えば服を裏返したらよく分かるけど、表は綺麗な模様でも裏はぐちゃぐちゃの糸くずになっている。裏も表も同じように美しい、それが蘇州の両面刺繍である。

研究所は蘇州刺繍の製作過程が実際に見学でき、さらにその歴史も学べる施設であった。建物自体が歴史的価値のある屋敷で、もちろん庭園つき。ちゃっかり直売所なんかもある。

卓上サイズのものからたたみ一畳くらいまで、様々な作品がある。全てが手作業で、大きなものだと製作に一年以上を費やすという。題材は絹の透明感を活かした水中をゆく緋鯉や金魚、または大空を舞う鳳凰など。肖像画や、風景画もある。ただし、べらぼうに高い。僕のような卑賤な人間には近づくことさえ躊躇われる一級品ばかりである。

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次は蘇州を治めていたとある官僚のお屋敷。忠王府の名で呼ばれる。場所は拙政園の真横だ。近年完成した蘇州博物館に隣接しており、館内から直通している。

今日は通りに人が少ない。

一流の職人数十人が三十年かけて造ったという玉細工が見事だ。その他にも正気を疑うような凝ったつくりの芸術作品が並ぶ。出来たばかりの当代風博物館は中も綺麗だった。庭園についてはもはや筆を割くのも面倒くさい。ただ、人が少なくて、庭池のほとりに腰掛けて働き蜂の羽音を聞くぐらいの余裕が、今日はあった。拙政園も今日行けば、ゆっくりゆったり堪能できたのかもしれない。

一通り見学がすむと、前の通りに並ぶお土産屋さんでお土産を買った。蘇州刺繍の卓上屏風と、団扇。ただしこれらは工場の大量生産品であるため、そこそこ安いけど、完成度は低い。なにより蘇州でなくても、どこでだって売っている。あと、ジャッキー・チェンが戦いに使っていたような巨大な扇子に心惹かれたが、どうやって持って帰るのか、ついぞいい方法が浮かばなかったので、諦めた。絵柄もしょぼかったし。

そんなこんなで夕方になっていたので、旅社に戻る。

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デパートやスーパーはその限りではないけど、観光地にある土産物屋の品々に値札は貼っていない。貼ってあっても、適当な値段が書いてあるに過ぎない。値を聞かなくてはならないが、店の人は大概ふっかけてくる。その頻度は百パーセントと断言して構わない。〈約〉でも〈おおよそ〉でも〈ほぼ〉でもない純然たる百パーセントである。週に一度でも観光客をぼれば彼らはそれで食っていけるから、彼らは全力でぼりにくる。

しかもその上げましが半端でない。だから買い物には値切りが不可欠になる。

商品を値切るというのは、表示価格で買っていく誠実な客に対する不実である、という声も聞くが、僕はあえてこう言いたい。七千円のものを七万円で売りつけてくるのに、馬鹿正直に財布を開くのは、正直なんかじゃなくてただの馬鹿だ。

前回の旅ではなかなか実践の機会がなかった値切りだが、今回は観光地ばかり巡っているので、よく使う羽目になる。割とうまくなったんじゃないかと、自分ではうぬぼれている。分かりやすく、日本円でいってみたいと思う。

 敵は狡猾である。商品を見ているだけで、すかさず寄ってくる。

僕  「これいくら?」

売り子「七万円よ」

僕  「値札の値より高いみたいだけど」

 すると、店員さんは笑顔でちょっと高い値札と貼り替えるのである。

「ちがうちがう。間違えた。この値札じゃないの。これはちょっと高級品なのよ」

 で、どこがどう高級なのか必死で説明してくれる。留め金の素材が他とは違うのだとか、枠木に黒檀を使っているのだとか、釉薬が特別なのだとか。

 逆に無関心を装って、

「高いね」

 というと、

「ちがうちがう。間違えた。この値札じゃないの。本当はこっち」

 と、ちょっと安い値札に貼り替える。

僕は内心、心惹かれながらも、興味をなくしたふりをして立ち去ろうとする。

店員さんは売りたいという気持ちが先走るためか、歩み去る僕の背中に向かってどんどん値を下げていく。

一歩。

「五万円ならどお?」

 二歩。三歩。四歩。

「四万五千円!」

 五歩。六歩。

「ええい、もってけ、一万円!」

 僕はにやりとして、しかし、そんなそぶりも見せずに振り返る。

いきなり七分の一かよ。

しかし、ここで「値切っちゃった♪ 半額以下だね。やったね☆」と一万円札を取り出すようでは、まだまだ甘ちゃんである。ここまでは値切りにおける準備体操みたいなもんだ。交渉はまさにこれから始まる!

 店員さんはこう言ってくる。

「幾らなら買ってくれる?」

 できるだけ低い額を言っておくのがよい。僕なら笑顔でこう言う。

「一円?」

・・・・・

売り子「九千円!」

僕  「五千円かな」

売り子「うーん、八千円」

僕  「五千五百円」

売り子「七千五百円」

こんな掛け合いがほとんど無限に繰り返されるが、これを面倒くさがってはいけない。

僕  「じゃあ七千円」

売り子「七千八百円。箱もつけるよ」

「いらない(笑顔)。七千円」

「・・・・」

で、いい加減なところで相手が折れる。折れなきゃ折る。向こうもあれできちんと収入があるように計算しているので、遠慮なく値切りに行けばよいと思う。敵は狡猾だ。悔しがっているふりをして、心中でほくそ笑んでやがる場合もある。でもまあ何にせよ、自分で払いたいと思った額まで値切ることができれば、双方角が立たないんじゃないかと思う。あまり安値にこだわると日本人観光客全体が煙たがれるし、時々痛い目をみる。

というわけで、僕は二百八十元の蘇州両面刺繍を二百三十元で購入した。

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中国とニセ金について熱く語る。中国はニセ金が多い。日本のお札みたいに最先端の防止処置が二十も三十も施されているわけではないから、作るは簡単である。で、それを観光客につかませて、大量の現金を得る。古来、ニセ金作りはもっとも的を射た職業なのであった。

中国の最高額紙幣は百元で、これは日本円にしてわずか千五百円ほどである。中国がそれ以上の高額紙幣を発行しないのはつまり、ニセ札が作られたときの被害が半端でなくなるからだ。

話は変わる。中国南部はとにかく暑い。半袖でも熱い。汗もかくから、咽も渇く。水分補給が不可欠だ。人々はあちこちにある飲み物屋さんで、甘くて冷たいジュースを購入する。タピオカ入りのものは意外と腹も太る。

アイスティーを頼んだ僕は、二十元札を差し出した。しかし、アルバイトのおねいさんは、ふと首をかしげ、お札を指ではじいた後、光にかざし始めた。これは、外国人が高額紙幣を出したときには必ずやる仕種だ。いちいち気分を害してはいけない。おばあちゃんが店番をしている小さなタバコ屋さんみたいなところでもきちんとしたにせ札判別機が置いてあるのが中国だ。

しかし、今の僕はジュースの注文ぐらい中国語でするので、見た目中国人のはずである。ニセ金を疑われるようなことはこれまで無かった。

で、おねいさんは何も言わず、それを僕に返してきた。

「・・・?」

僕も日光に照らしてみる。透かしは、ちゃんと入っている。

とりあえず、十元紙幣を二枚渡してその場をしのぎ、僕はジュースが出てくるまでの間、つき返された二十元札と、他にあった二十元札を見比べてみた。

ぐちゃぐちゃなのは両方ともで、かなり汚れている。ただし、にせ札のほうが、毛沢東の肖像がぼやけている気がする。ぱっと見、違いは分からないが、現地の人にははっきりと違って見えるようだった。

「これが、かの有名な・・・」

 中国のニセ札か。

 僕、中国に来て初めて、ニセ札を掴まされる。なぜか感慨深い気持ちになった。

どこで貰ったのかというと、それは土産物屋さんで蘇州刺繍を買ったときだ。三百元を渡して、二十元札が三枚と、十元札が一枚帰ってきた。そのうちの一枚がこれである。

たいして値切れなかった挙句に、おつりがニセ札。

さすがにへこんだ僕に、おねいさんはそっとアイスティーを差し出した。

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 確かにショックだったけど、二十元ならだいたい三百円。大した被害じゃないし。ニセ札つかまされるほど僕の値切り交渉が上達したってことじゃん。どんまい、自分!

 悲しくけなげに、ポジティブな方向へと気分を持っていこうとする僕は、旅社の隣のチケットセンターに行った。電車の切符を買う。

 切符を買うときは、現地の知り合いか、いなければ日本語対応の旅行社を探してそこに頼むのが一番確実だ。しかし、僕はあえて、自分で買ってみようと思うのである。

 壁に時刻表が貼ってあるので時間や行き先や便名を確かめる。メモ用紙に日時、行き先、時間を書いて、カウンターの人に示せばいい。

カウンター「何時出発がいい?」

僕    「何時がありますか?」

 カウンターのお兄さんはモニターをこっちに向けてくれる。十時二十分の便があった。

機械が発券し、手数料の五元とともに運賃を支払う。

 が、しかし、

僕   「・・・。これ、五月十一日になってますけど」

お兄さん「ん?」

僕   「五月八日に乗りたいんですが」

どうやら、お兄さんは僕のメモにある「八日」を「11日」と読んでしまったらしい。確かに僕は外国人だが、それでも五月11日なんて失礼な書き方は断じてしない人間である。

お兄さんは「ちくしょー」とか言いながら間違えた切符を再処理し、改めて空席状況を検索して、こう言った。

「八日は空いてないなあ」

「ないっすか」

 僕は手数料の五元を返してもらって、チケットセンターを出た。

・・・・・

 しかし、案ずるなかれ。電車に乗れなくても、上海に行く方法はまだある。マリーなんとかネットはいいこと言った。「電車が無ければ、バスに乗ればいいじゃない!」

 僕はチケットセンターを出たその足を、長距離バス発着所である「南門駅」へと向けた。

 蘇州から上海に行く場合、バスのほうが断然便数が多いと聞いた。料金も所要時間もほとんど同じであった。

バスセンター・南門駅から中国各地に向けて長距離バスが出ている。ハリポタにでてくる寝台バスみたいなのもあるんである。

夕方六時。ここでバスに乗れなかったら本当にことなので、僕は少し無理をしてバスセンターに来ていた。大きな荷物をしょった人々が、チケット売り場に列を成している。もう夕方だったから、窓口のほとんどは閉まっていて、たった二つしか開いていない。

僕は粛然として後ろに並ぶ。そして、順番を待った。そして、順番を待った。順番を待った。

僕が最後尾にあることは変わらないのに、列は短くなるどころか長くなっていく。

なぜか。

中国人どもが割り込んでくるからだ。

小学校で何を教えてもらったのか、中国人たちは我先にと窓口に駆けていく。まさに今、人が手続きをしているというのに全くお構いなしで、すごいウザい。受付嬢たちの額には一様に青筋が浮かんでいた。

列は自然に消滅し、窓口を取り囲む人間団子と化すのに時間はかからなかった。

「さすがにこれを掻き分ける勇気は無い」

 余力も無い。辟易した感を抱きつつ、僕はバスに乗って旅社に帰った。

旅社のロビーでは二十人以上の男女が手続きを待っていた。彼らと、彼らの荷物で足の踏み場も無いほどだった。一体、これだけの人数を収容できるのかちょっと心配になる。