私はこの日を二週間も前から待っていた。つまり、中国に来た日から私は日本に帰りたくて仕方がなかったのである。

しかし、私は昨日ささやかながらお世話になった人々にお別れを言ったし、もうすぐ見れなくなる風景にさよならを言いながら歩いた。俗に言う旅愁、青島との別れを惜しむ気持ちが確かに私の中にあったのである。

朝、私は六時に目が覚めた。早すぎだった。

シャワーを浴び、少しでも荷を軽くするため、不要品をじゃんじゃん捨てた。石鹸とか化粧水なんかも使い切って捨てた。

八時、私はホテルを出た。向かう先は青島啤酒ビール博物館だった。

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中国の観光地は政府によってランク分けされている。A級からAAAAA級までの五段階で、青島啤酒博物館はAAAAであり、崂山や石老人観光園も同じ階級である。AAAAA級は国内に十三箇所しかない。らしい。そのうち四つがここ、山東省にあると言うのだからたいしたものだ。ちなみに、いま話題のなんちゃってディズニーランドはAAA級。

バスを乗りつき、目的地周辺にたどり着くと、ほのかに甘い匂いが漂ってきた。麦を蒸した蒸気が香ってくるのだ。

早朝九時というのに入館者は多く、私は中国人の家族とともにガイドさんに連れられて施設を巡った。

博物館はビール工場に併設しており、青島ビールの歴史から、実際ビールを作っている様子まで、見学できる仕組みである。

そしてその後にはビールの試飲が待っていた。できたばかりの青島ビールである。ちょっと高めの入場料もこのためなのだ。飲み放題である。私と一緒にいた女の子もビールを飲んでいた。中国には飲酒喫煙の年齢制限がない。

私はビールと言うものを飲みなれていないのでよく分からないが、たぶん美味しいのだろうと思う。

『青島ビール博物館』

『二杯でギブアップしました』

博物館の帰り道、百花苑という公園に行ってみた。誰もいない。貸切だった。有名人の銅像なんかが並んでいて、全く意味不明だった。池と噴水が太湖石で飾られており、私は少しだけ、行くことのかなわなかった蘇州の気分を味わった。

ホテルに帰って十二時ジャスト、私は十二日間滞在したホテルをチェックアウトした。ずっとお世話になった背の高いお兄さんはホテルの前まで送ってくれた。「またのお越しを」お兄さんは言った。私は頭を下げてバス停のほうへと進んだ。

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バスに乗って中山路に向かう。昨日行った雑貨屋さんの二号店がこの辺りにあった。

その前にパークソンで最後の買い物をした。パークソンと言うのは青島最大のデパートで、でも本屋さんが無かったりするのだが、私はここでタバコを買った。一箱七十五円のと、一箱千円のを買った。これでお土産は全部である。

このときの私は背にリュック、肩にバッグ、左手に紙袋と言う異装であった。重い。船の手続きまでまだかなりあるので、コインロッカーなどないかと思ったのだが、やっぱりなかった。大体、そんなもの中国に来て一度もお目にかかったことが無い。中国人は重い荷物は持たず、買い物やお出かけはたいてい手ぶらでするものなのである。

次に老舗の肉まん専門店でお昼。すべての種類を一個ずつもらった。三つ食べたらおなかいっぱいになったので、残りは船で食べようと思う。

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雑貨屋さんは日本にあるようなおしゃれなお店で、正直、そこだけ中国ではないかのようなたたずまいである。店内では美人のお姉さんが一人アンニュイに店番をしていた。

一人というのがよい。中国と言うところはどこも、三人いれば足るところに五人も六人もいるといった状況で、必ず数人が暇をもてあまして怠けている。あまり見目がよいとは私は思わない。昨日なんかも、お酒一本選ぶのに店員さんと下手な中国語でなんやらかんやらしていたら、他の店員さんたちまでなんだどうしたとぞくぞく集まって、結果六人のお姉さんに取り囲まれると言う状況になったし。しかも彼女ら「要不要!(いるの?いらないの?)」としか言わないし。ゆっくり選ばせてほしいもんである。散乱する爆竹かすの掃除でもしていればいいのだ。

かわいらしいメモ帳があったが、値段が分からないと言う。お姉さんさんはわざわざ電話で問い合わせをしてくれた。たぶん、昨日行った一号店のご婦人のところだろうと思う。

そのメモ帳は残念ながら非売品だった。

『お洒落な雑貨屋「Box・Cafe」』

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とにかく、今日の私はめまぐるしく動いた。次に行ったのは先日お茶を買った茶芸館だ。せっかく中国に来たのだから、本場の中国茶を飲もうと言う考えである。

ここのご主人は日本びいきで、私の対面に座り、お茶を淹れながら、話に付き合ってくれた。なんでも祖父が早稲田に通っていたらしい。

二人の間にはペンとノートと電子辞書があった。筆談を交えれば私はほとんど完璧に意思の疎通ができた。

一時間ほど話したと思う。もうすぐ出国手続きが始まるので、私はその場を辞した。主人は「また来てよ」、といってくれた。

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出国手続きはかなり楽だった。心配していた税関、検閲の類はなかった。それでいいのかと思う。密輸出し放題である。

肉まんの残りを食べた。お茶を飲みすぎた所為で三度もトイレに行った。

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午後八時四十分、出港時間になったが出発しない。

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午後九時、まだ出港しない。

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午後十時、まだ出港しない。

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午後十時二十三分、船が動き出すのを感じて、私はうとうとと眠った。

初めて訪れた中国から、私は去った。